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京都・桂。ここで、約120年以上にわたり和菓子の原材料を扱ってきた老舗企業「美濃与」。創業以来、和菓子の伝統を支えてきた美濃与が、なぜ今、大豆出汁という新たな商品を開発するに至ったのか。その背景には、4代目社長の長瀬文彦さんの熱い想いと、変化の時代を見据える確かな眼差しがありました。

今回はKYOTOVEGANメンバーズでもある美濃与の代表取締役社長である長瀬さんに、同社がなぜ「大豆出し」や「大豆コーヒー」といった新たな商品に取り組むのか、そしてその先に見据える社会や和菓子業界の未来についてお話しをお伺いしました。

和菓子市場を超えた大豆の新たな可能性への挑戦

2019年には大豆製品専用の伏見工場を新設し、焙煎・粉砕までを一貫して行える体制を整え、より一層高品質なきな粉の製造に取り組んでいます。長きにわたり、京菓子の繊細な味わいを支え続けてきた美濃与にとって、大豆はまさに原点であり、揺るぎない存在なのです。

そんな美濃与が、近年、和菓子の枠を超えた新たな大豆製品の開発に力を入れています。その一つが、今回注目する「大豆出汁」です。京菓子原材料の専門店が、なぜ出汁という全く異なる分野に挑戦することになったのでしょうか。

「きな粉がこんなに美味しいなら、コーヒーにもできるんじゃない?」——同社研究室の何気ない一言から生まれたのが、美濃与の『大豆コーヒー』。きな粉の可能性を信じて試行錯誤を重ねる中で、次なる挑戦として生まれたのが『大豆出汁』でした。「きな粉も大豆コーヒーもそうですが、“焙煎”というプロセスで素材が変わる。それを活かして、今度は“お出汁”を作ってみようと思ったんです。実は、精進料理では昔から出汁を豆から取っていたりしていて、珍しいものではないんですよ」

一方で、商品開発にあたっては、ただ美味しいだけでは意味がないとも言います。「昆布や鰹節など、これまで当たり前だった出汁素材が環境変化で手に入りづらくなってきている。だからこそ、大豆という素材が、未来の食文化を支えるかもしれないという期待も込めています」

「食のあり方が多様化する中で、おいしさだけでなく、健康というキーワードも重要になっています。大豆は栄養価も高く、そのポテンシャルは計り知れません」。

「ヴィーガン」は気付きの入り口:和菓子以外の市場への挑戦

新たな挑戦への後押しとなったのは、ヴィーガンという考え方との出会いでした。様々な業界の人々と繋がる中で、世界のヴィーガン人口の増加や、環境意識の高まりといった社会の変化を肌で感じたことが、長瀬さんの視野を大きく広げました。

当初は、ビジネスとしてヴィーガン市場に参入するというより、そのエッセンスを学びたいという気持ちが強かったと言います。「色々なヴィーガンのお店を巡るツアーに参加する中で、そこで出会った方々の熱意や、その活況ぶりに驚きました。それまで、ヴィーガンに対して強い思想的イメージのみを持っていたのですが、実際は多くの方がそれぞれの価値観を持って共存している。和菓子も、もっと広い視野で捉えることができるのではないかと感じたんです」。

長年培ってきた大豆に関する知識と技術を活かし、和菓子以外の市場にも挑戦することで、新たな可能性を切り拓こうとした始まりでした。

商品の”背景”こそが、伝えるべきストーリー

美濃与が大切にしているのは、単に美味しい商品を作るということだけではありません。「私たちは“原料屋”です。だからこそ、きちんとした素材を使っているということ、そしてその背景にどんな生産者の思いがあるのか、そこまで含めて伝えていきたい」と長瀬さんは語ります。実際、美濃与では商品パッケージのデザインやフォントにまでこだわり、細部に至るまで妥協を許しません。大豆出汁も、昆布との掛け合わせや旨みの抽出時間など、繊細な調整を何度も重ねて完成しました。

「おいしいものは、必ずお客様に届く。うちは問屋が主な仕事だったから、自分たちの手で商品を作るというのは初めてのこと。でも、自分たちで作ったからこそ、めちゃくちゃ愛着があるんです」。

まずは、大豆の持つ多様な可能性を知ってほしいといいます。きな粉だけでなく、コーヒーやお出汁にもなる。そして、どれも美味しいということです。

さらに、環境への配慮や、持続可能な社会への貢献といったメッセージも込められています。

次世代へ繋ぐ持続可能な社会への思い

美濃与の今後の展開について伺うと、長瀬さんは力強く語ります。「まずは、この大豆出汁をしっかりとお客様に届け、その価値を理解していただくことです。そのためには、味だけでなく、その背景にあるストーリーや、環境への配慮といったメッセージも丁寧に伝えていく必要があると思っています」。

また、長瀬さんは、次世代の和菓子職人への想いも語ってくれました。「四季折々の美しい和菓子を作る卓越した技術を持つ職人さんたちが、後継者不足などで廃業してしまうのは、非常にもったいない。彼らの持つ素晴らしい技術を、新しいフィールドと結びつけることができれば、和菓子の可能性はさらに広がると信じています」。

最後に

大豆出汁という新たな挑戦は、単なる新商品開発ではありません。それは、伝統を守りながらも、変化を恐れず、常に新しい可能性を追求する美濃与の姿勢を象徴するものです。長瀬さんの熱い想いと、確かな信念は、きっと多くの人々の心に響き、新たな食の未来を切り開いていくことでしょう。

 

インタビュー・執筆:久田愛理

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