
「サステナビリティ」という言葉を、最近よく見聞きします。企業のミッションや商品パッケージ、事業戦略のなかに当たり前のように登場して、ときにはその言葉自体が主役になっている。
本来は姿勢や取り組みの結果として現れるはずのものが、いつのまにか”目的”として掲げられている。そんな場面が、少なくない気がします。
坂ノ途中を訪れたとき、そこには少し違う空気が流れていました。
農業の話、環境負荷の話、流通の仕組みについても伺いました。でもあとから振り返って強く残っているのは、理論や定義ではなく、その場の雰囲気です。打ち合わせのあと、社員のみなさんと一緒に昼食をいただきました。自然に人が集まり、会話が重なり、笑い声が広がる。にぎやかなのに落ち着いていて、あたたかいけれど演出された感じがない。「価値観を示そうとしている職場」ではなく、すでにその価値観が日常に溶け込んでいる場所、という印象でした。

出発点にある問い
坂ノ途中は「環境負荷の小さい農業を支える会社」と紹介されることが多く、その説明は間違っていません。ただ実際に話を聞いていると、彼らが立っている問いの位置が少し違うように感じました。
「どうすれば農業をよりサステナブルにできるか」よりも、「どうすれば農業を続けられる形にできるか」から出発しているのではないか、と。
提携している農家さんの多くは新規就農者です。収量は天候や季節に左右され、量も形もその年その時期によって変わります。一般的な流通では、そうした不安定さは効率化の対象として均一に整えられていく。でも坂ノ途中は、その揺らぎを前提として受け止めています。収穫できれば出荷する、難しければ無理はしない、量が少なくても規格から少し外れていても流通にのせる方法を探る。それは理想論ではなく、農家が無理なく続けていくための、実践的な選択に見えました。
成果ではなく、継続を支える
印象的だったのは、会社の成長の仕方です。急激に規模を拡大するのではなく、課題が現れるたびに一つずつ向き合いながら、ゆっくりと広がってきたといいます。
不安定な収量でどう販売するか。少量でもどうやって流通させるか。農家同士が情報を共有して次の年につなげる仕組みをどう整えるか。こうした問いは、すぐに数字や成果として現れるものではありません。それでも丁寧に向き合い続けることが、農業を「続けられるもの」にしていくのだと感じました。
ここでのサステナビリティは、達成すべき目標というより、継続そのものを指しているように思えます。農家が農業を続けられること。食べものが循環し続けること。人と食との関係が途切れないこと。それらが自然に重なり合っている状態。
閉じない仕組み
もう一つ心に残ったのは、その開かれた在り方です。坂ノ途中の取り組みは、特定の価値観を持つ人だけに向けられているわけではありません。ヴィーガンである必要も、環境問題に強い関心がある必要もなく、「食べる」という日常の行為を通して、誰でも関われます。
サステナビリティがラベルとして強く提示されると、ときにそれが境界線になることがあります。「自分はそこまで意識が高くない」と感じた人を、遠ざけてしまうこともある。でも坂ノ途中は、言葉や主張を前面に出すのではなく、野菜が届くこと、忙しい日の食卓にそっと入り込めることといった、日常の延長に仕組みを置いています。参加するために、特別な宣言はいりません。
説得ではなく、納得
オフィスを後にしたとき、強い高揚感よりも、静かな納得感が残っていました。そこにあったのは、主張としてのサステナビリティではなく、関係性と仕組み、日々の選択の積み重ねでした。特別なものとして掲げるのではなく、必要なものとして扱うこと。賞賛や同意を求めるのではなく、ただそこにあり続けること。そして、準備ができた人がいつでも入ってこられる余白を残しておくこと。
それがもっとも静かで、もっとも確かな持続のかたちなのかもしれない、と思いました。
坂ノ途中オリジナル 2種の大豆と白みそのスパイスカレー。動物性なしで美味しいカレーを
今回新たに発売された「2種の大豆と白みそのスパイスカレー」は、”野菜をたのしむ”シリーズの一つとして生まれました。ただ、出発点はヴィーガン向けの商品をつくるという発想ではなく、「より多くの人に食べてもらえる形にしたい」という、もう少しシンプルな思いだったといいます。
動物性を使わないベースにすることで、食べられる人の幅が広がる。一方で、動物性を避けていない人は、チーズや卵、肉などを自由にトッピングできる。そのまま温めてご飯にかけてもいいし、季節の野菜を加えてアレンジしてもいい。制限を設けるというより、自由なアレンジが楽しめる商品です。
パッケージには、「動物性食材不使用」はアイコンで表示。言葉だけだと少しかたく映ることもあるので、まずは手に取ってもらえるように、という配慮から。
「食べられない人」を区切るのではなく、「食べられる人」を増やすと、皆が同じテーブルで食事を楽しむことができる。そんな想いも感じました。
主役は、北海道産の有機大豆
このカレーの軸になっているのは、北海道産の有機大豆。白大豆と青大豆の2種類が使われています。カレーの中では見た目の差はわかりにくいかもしれませんが、白大豆はやわらかな色味、青大豆は青みを帯びた風合いがあります。そのうちの一つは、長くつながりのある生産者さんのものだとか。
印象的だったのは、「大豆を余すことなく使いたい」という姿勢です。戻し汁も捨てずに活かし、大豆出汁として旨みを引き出しています。
味の決め手には、米麹を使った白味噌が使われていて、最初のひと口で、ふわりとやわらかな甘みが広がります。そのあとにスパイスの香りと辛さが追いかけてくる。辛さはしっかりあるのに角が立たず、味噌の甘さが全体をやさしく包むような印象です。カシューナッツなどでコクを加え、酵母エキスには頼らない構成。
「動物性を使わないと味がぼんやりするのでは」という声もあったそうですが、実際に食べてみると、コクと旨みがしっかりと舌に残り、食後の満足感は十分ありました。
玉ねぎやじゃがいもも国産のものを使用し、製造は大阪・泉南市で。素材の背景がきちんと見える一皿です。
なぜ、オリジナル加工品を作るのか
坂ノ途中は、約400の農家と提携していて、そのうち約8割が新規就農者だといいます。有機農業は日本の農地全体のごくわずか。挑戦する人にとって、販路や経営のハードルは決して低くありません。
消費者の側には、日々の忙しさに追われてる日が続くと、野菜セットをスキップしてしまうこともある。それでも、野菜を食べる機会は増やしたい。
そんな思いから、温めるだけで食べられる加工品が生まれました。少量の収穫でも流通にのせられるようにすること。野菜を食べたいけれど余裕がない人にも届く形をつくること。このカレーは、そうした複数の課題への、一つの応え方でもあります。
「2種の大豆と白みそのスパイスカレー」の背景にも、”100年先もつづく。農業を。”というビジョンがあります。新規就農者が続けられる仕組み、流通や地域との連携。個人の努力だけでは補えないところを支えようとしている。
この一皿からも、坂ノ途中が大切にしていることが、伝わってきます。
KYOTOVEGANとの重なり
今回、社員の方たちと一緒に楽しい昼食を頂きながら、この感覚がどこか馴染み深いと気づきました。
KYOTOVEGANが大切にしている姿勢と、重なっていたからです。
KYOTOVEGANは、特定の食を選ぶ人のためのサポートとして始まったわけではありません。ヴィーガンだけのためでも、観光客だけのためでもなく、すでに京都に存在している選択や実践を丁寧に見つめ、つないでいくことから生まれました。
坂ノ途中もまた、誰かを説得しようとしているわけでも、大きなムーブメントを起こそうとしているわけでもない。扉は最初から開かれています。
両者の役割は異なります。KYOTOVEGANは食の選択を通じて地球の持続性へとつなぐ存在であり、坂ノ途中は食の流通と農業を支える仕組みです。それでも根底には、「人に線を越えさせるのではなく、線を目立たなくすることで変化を生む」という共通する感覚があるように思います。
Fatima Imran /Sustainability Analyst
久田愛理
