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「経済と環境、どちらが重要か?」

この問いは長らく、現実と理想を分ける境界線のように扱われてきました。

経済は“今を生きるための基盤”、環境は“守るべき未来”。その二項対立のなかで、私たちはどこかで「結局は経済を優先せざるを得ない」と思い込んできたのではないでしょうか。しかし、その前提は静かに揺らぎ始めています。世界92カ国、約16万人を対象にした調査によれば、58%の人々が「経済成長」よりも「環境保護」を重要だと答えました。これは単なる多数決ではありません。私たちが拠って立つ価値の“重心”が、すでに移動し始めていることを示すサインです。

なぜ人は「環境」を選び始めたのか

この調査の本質は、「環境が選ばれた」という結果そのものよりも、「誰が、どのような文脈でそれを選んだのか」にあります。地域別に見ると、西ヨーロッパや東南アジア、南北アメリカ、そしてニュージーランドやオーストラリアでは、環境を重視する傾向が顕著でした。一方で、東ヨーロッパ、中央アジア、アフリカ、中東では、経済成長を優先する声が比較的多く見られます。

また、個人属性に目を向けると、若年層、高学歴層、左派的な政治意識を持つ人々、そして女性ほど、環境を重視する傾向が強いことが分かりました。国ごとの差はあるものの、未来への影響を長く受ける世代や、社会の構造に敏感な層ほど、環境への意識が高まるのは自然な流れとも言えます。

しかし、この研究が本当に示唆的なのは、ここから先です。

「所得は関係ない」という逆説

一般的には、経済的に余裕がある人ほど環境に配慮できると考えられがちです。しかし、グローバル全体で見ると、所得水準はこの選択にほとんど影響を与えていませんでした。さらに興味深いことに、アメリカ大陸やアフリカの一部、東南アジアでは、低所得層ほど環境を重視するという結果も見られています。これは、従来の経済合理性では説明しきれない現象です。なぜなら一般的には、「経済的に余裕がある人ほど環境配慮ができる」と考えられてきたからです。むしろここには、「環境とは何か」という認識の違いが表れています。

ここに、KYOTOVEGANが重視する視点と重なる本質があります。

環境は「遠い理念」ではなく「生活そのもの」

研究者たちは、この傾向について、低所得層の人々が自然とより密接に結びついている可能性や、健全な環境の恩恵により強く依存している点を指摘しています。つまり彼らにとって環境とは、「守るべき理念」ではなく、「失えば生きていけない基盤」なのです。この視点は、私たちに重要な問いを投げかけます。

環境問題は本当に、“意識の高い人たちのテーマ”なのでしょうか。

むしろそれは、最も現実的で、生活に直結した問題ではないか。そしてその感覚は、都市化や経済成長のなかで、私たちの視界からこぼれ落ちてきたのかもしれません。

食の選択に潜む「構造」

では、この構造を「食」に引き寄せてみるとどうでしょうか。現代の食システムは、効率と経済性を追求するなかで、環境への負荷を外部化してきました。大量生産・大量消費の裏で、土壌の劣化、水資源の消耗、温室効果ガスの排出が進んでいます。それでも私たちは、「安さ」や「便利さ」を基準に選び続けている、そこには、いくつもの見えない分断があります。

・価格に反映されない環境コスト
・意識と行動のあいだのギャップ
・グローバルな構造とローカルな生活の断絶

食料構造については以下の記事でテーマにしています。ご興味のある方は併せて読んでみてください。

食料税は人々と地球にとって有益となり得るか? ー見えない「価格」をどう考える?

ヴィーガンは「未来志向の現実主義?」

ヴィーガンという選択は、ときに理想主義的に映るかもしれません。しかしこの調査結果を踏まえると、それはむしろ、世界の価値観の変化に呼応した「現実的な選択」とも言えます。環境を優先するという意識が広がるなかで、食のあり方も再定義されつつあります。そういった点で、動物性食品に依存しない食スタイルは、その具体的な実践のひとつです。

重要なのは、それが「正しいかどうか」ではなく、「どのような未来を選びたいか」という問いに対する一つの応答であることです。KYOTOVEGANが目指しているのも、単にヴィーガン対応の選択肢を提示することではありません。ヴィーガンという切り口を通して、世界の価値観とつながるための視点を提示することです。

二項対立を超えて

「経済」か、「環境」か。この問いは分かりやすいがゆえに、本質を見えにくくします。本来問うべきは、「どのような経済であれば、環境と共存できるのか」ではないでしょうか。この視点に立つと、見えてくるものが変わります。これまでの経済は、自然を「外部」として扱ってきました。森林、水、大気、土壌 -それらはコストとして計上されることなく、使われ、消費され、ときに回復不能なかたちで失われてきた。いわば、自然の“犠牲”の上に成り立つ経済です。しかし、本来経済とは「エコノミー(oikos=家)」に由来する言葉です。人間の生活を支える営みである以上、その“家”である地球環境が損なわれれば、経済そのものも成立し得ません。

つまり問うべきは、こう言い換えられます。

「自然を切り崩して成長する経済から、自然の中で循環する経済へと、どう移行するのか。」

あなたの選択が、未来を形づくる

世界の58%は、すでに環境を選び始めています。しかしその変化は、政策や企業の取り組みだけで完結するものではありません。私たち一人ひとりの選択の積み重ねによって、社会の方向は少しずつ形づくられていきます。それは単なる消費ではなく、「どの経済を支持するか」という意思表示です。

KYOTOVEGANが提示したいのは、まさにこの視点です。ヴィーガンという選択は、環境への配慮であると同時に、どのような経済に加担するのかを問い直す行為でもある。「経済」か「環境」か、という対立の構図から一歩離れたとき、私たちは初めて、自分たちが本当に参加したい未来のあり方を選び取ることができるのではないでしょうか。

「今日、何を食べるのか。」「誰が、どのように作ったものを選ぶのか。」

それは小さな決断のようでいて、確かに世界とつながっています。KYOTOVEGANは、その選択を支える「地図」でありたい。地球を選ぶということは、未来を選ぶということ。そしてその未来は、すでに“多数派”のなかに静かに芽吹いています。

執筆:久田愛理

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